日本の自然災害 1995~2009年

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地域別にみた1995~2008 年の気象災害(サンプル)

東アジア地域

(1)1998 年の長江大洪水

中国最長の河川「長江」は世界的にみても,ナイル川,アマゾン川に次ぐ第3の河川である。長距離を蛇行しながら流れ下るため,春~夏に大雨や長雨による増水に融雪水も加わり,中~下流域で氾濫することが多い。流量変動が非常に大きく,歴史的にみても様々な規模の水害を繰り返してきた。
1998 年春~夏にかけて,度重なる大雨に見舞われ,今世紀最大級の洪水に至った(福岡,1999)。まず4月早々,大雨による最初の洪水が発生,7~8月には断続的に集中豪雨が降り(図3),8月には3つの台風9802,03,04 号の影響も加わって(山川,2007),洪水は段階的に規模を拡大し,10 月上旬までその影響が残った(Hu,1998)。

06GMT の衛星画像

図3 長江大洪水時における1998 年8月3日06GMT の衛星画像
梅雨前線は華中・朝鮮半島・北陸地方に渡ってライン状に居座り,それに台風9802 号に伴う暖湿気流が入り込み,追い討ちの豪雨が長江中流域にもたらされた。この翌日には新潟でも集中豪雨が発生した。(高知大学Web-site)

今回の多雨域は中~上流域にわたっていたが,特に大量の豪雨の降った中流域で氾濫した。中流域の監利(Jianli;湖北省南部)付近,および黄石(Huangshi;湖北省東部)~九江(Jiujiang;江西省北部)では史上最高水位を記録。第6波の到達した8月8日には沙市(Shashi;湖北省中西部)でもこれまでの最高水位44.67m(1954 年)を凌いで,44.95m に達した。宜昌(Yichang;湖北省西部,建設中の三峡ダムのやや下流)では,最高流量が63600m3/s に及んだ(1954 年の66800 m3/s に次ぐ高水量)。7月の総流量でみると,宜昌で121.5×109 m3(1954 年7月:117.0×109 m3),武漢(Wuhan;湖北省都,長江中流の代表都市)で164.8×109 m3(1954 年7月:152.8×109 m3)と,いずれも記録が更新された。また,長江に加えて,湖南省を北流し洞庭湖に注ぐ湘江などでも史上最高水位に至った。


(2)黄河の断流と上流域内モンゴル自治区の砂漠化

中国のもう一つの大河「黄河」は,長い歴史のなかで,堤防決壊は1000 回を超え,河道変更も26回を数える。ところが異変が現れた。それは「断流」とよばれ,春を中心に河川水が途切れ,中・下流域が干上がってしまう現象である。中国建設局(石,1998)によれば,1972 年(4月23 日)に初めて黄河の断流が観測され,1991 年以降,断流が起こるようになった。しかもその発生日が以前の5~6月から1~2月に現れるなど,早期化の傾向も見受けられた。黄河流域の干ばつは高頻度化し,また農業等の河川揚水量の増大の影響も大きく,黄河断流は1990 年代を中心に急増した(福島,2008)。

黄河断流の原因として次の5点を指摘したい。

①黄河上・中流域で降水量が減少傾向にある。特に華北平原では降水の減少トレンドが明瞭に現れている。その要因として,夏季モンスーン性の降雨が同地域まで達しにくくなっていることが考えられる。近年,インド洋北部のベンガル湾などで,サイクロンが多発する傾向がみられ,それが南西モンスーンを例年より弱める方向に働いていることによる可能性がある(→§5・3(1))。

②中国北部における降水量は,1961~2000 年における年平均降水日数(a)と年平均降水強度(b)の解析結果(遠藤ほか,2007)によれば,長江流域で(b)の増大傾向が明らかとなっているのに対し,黄河流域では(a)の減少傾向が明瞭で,対流性降雨機会の減少を示唆している。

③地球温暖化に連動する気温上昇で,蒸発量が増加している。特に,内モンゴル自治区など中国北部における気温上昇トレンドは明白である(図4)。

衛星データに基づく1979 年から2005 年の地表気温のトレンド 衛星データに基づく1979 年から2005 年の地表気温のトレンド

図4 衛星データに基づく1979 年から2005 年の地表気温のトレンド(℃/10 年)
凡例右側濃いトーンになるほど気温上昇トレンドが大きい。中国北部をはじめ,北欧,グリーンランド南部,中東地域などで昇温率が大きい。(IPCC,2007)